2010-01-26

エールの泡について

さてさて、ご無沙汰しておりました。
ご無沙汰してたってことは、現実世界が忙しかったということです…。
ていうことは…近々リアルエールラヴァーのみなさんに、嬉しいお知らせができるかも!?

ま、期待せんと待っといてくださいね。

今回のエントリは、前回の二酸化炭素ネタに引き続いて、エールの泡についてお話します。
ビールの泡(英語では「ヘッド」と言います)というものは、とかく好事家のネタになりやすいものでして、やれグラスにおける液体との比率だの、泡の細かさだの、エンジェルリングだの何だの…。それはかの国のエールラヴァーたちも一緒です。パブのカウンターで、口角泡を飛ばして(エールの泡じゃないですよ)議論するわけです。ときには感情的になることも。ま、そんなときは、以下に書くように、あなたがテクニカルに話せば済む話。何パイントも飲んだ後に、頭がうまく働くは保証しませんが…。

そもそも、何があの泡を作るのでしょう?まずは試しに水をグラスに勢いよく注いでみてください。泡は出ませんよね。つまり、水が持っている特性ではありません。じゃあ今度は、炭酸の入った清涼飲料水を注いでみてください。おお、勢いよくヘッドが形成されます。でも、ビールのヘッドのように持続力を持っているわけではありません。ということは、炭酸ガスが持っている特徴でもないようです。
実はあの持続的な泡を生みだす原因物質は、ビールの中に存在する微量成分、具体的に言うと、ある特定のタンパク質なのです。一杯のビールの中には、おびただしい量の有機化合物が含まれているのですが、その中に「糖タンパク質」と呼ばれる一群があり、それがビールの泡を作りだしているのです。
糖タンパク質というのはけっこう大きな分子でして、便宜的な言い方ではありますが、「頭」と「尻尾」があります。この両端は正反対の特性を持っておりまして、頭は疎水性(水をはじく)、長い尻尾は親水性(水となじむ)なのです。ビールの泡が形成されると、この糖タンパク質が泡の表面に上ってきます。疎水性の頭部が泡の表面上に顔を出そうとする一方(疎水性ですから)、尻尾は泡の中にとどまろうとします。結果、泡の表面には一種の膜のようなものが形成され、泡の粘性が増加し、泡の構造が維持されるのです。

とはいえ、糖タンパク質だけでビールの泡について語れるのかと言えば、そんな簡単な話でもないわけで。むしろこれから書く内容の方が、世のビール飲みたちが日夜繰り広げている熱烈な議論において、あなたを色々な意味で優位な立場に立たせてくれるでしょう(笑)。リアルエールのヘッドはどのようにして形成されるのか、そしてヘッドの中にどのようなガスが入っているのか、そしてヘッドの見た目、そしてヘッドはどのようにビールの味わいに影響を与えるのか???結構調べたので、このブログの読者の方々だけに、こそっとお話ししますね。

エールをグラスに注ぐ方法はいくつかあるわけですが、グラビティシステムや短い注ぎ口がついたハンドポンプなどの場合、提供時にグラス内に生じる対流によって泡が生成されます。この場合、泡のサイズはバラバラで、ゆるいヘッドを形成します。これはイギリス南部で良く見られるヘッドのタイプで、大きくて不均一な泡の中には、相当量の空気が含まれています。このようなタイプの泡は、ビールの味わいに大きな影響を与えることはありません。
これとは別に、ハンドポンプの注ぎ口にスパークラーが取り付けられている場合もあります。エールはスパークラーに開けられたたくさんの小さな穴を通ってグラスに注がれますが、その際に2つの変化が生じます。一つは穴を通過するときの刺激で二酸化炭素が液体から遊離し(缶入りの炭酸飲料を振ってから開けた時と一緒です)、もう一つには小さな水流によって泡に抱きこまれる空気の泡サイズがより細かく、均一になります。このようにして形成された固めのヘッドは、通称「ヨークシャー・ヘッド」と呼ばれ、北部に行くほど一般的に見られるようになります。こちらのヘッドは味わいにも影響を与えます。二酸化炭素が液体から遊離する際には、ホップオイルも同時に空気中に放出されます。結果として、グラビティで注いだ場合よりもホップの苦みが和らぎ、炭酸ガスの濃度も少しだけですが低下します。愛好家たちは、これを「スムーズなエール」と呼んでいます(が、いわゆるケグエールの「スムーズ」とはゆめゆめ混同なさらぬよう)。

ところで最近は、「第三の道」が登場しました。もうあちこちで見られるようになって、急速に普及した感もあります。名前を「スワンネック」と言います。文字通り、白鳥の首のような長い注ぎ口がついたハンドポンプのことです。パブスタッフがスワンネックでエールを注ぐ動作を見ていると、注ぎ口をグラスの底にほとんどくっつかんばかりにしてエールを注いでいます。エールが、グラスの底からズーっとせりあがってくる感じです。「あれ、空気抱き込んでへんやんけ。これじゃヘッドできひんやん」て思ってみていると、なんと細かくてきれいなヘッドが形成されているじゃないですか!?
このスワンネック、簡単な物理学の定理を応用したものなんですね。高校の授業でその定理の名前を聞いたことがある方もおられるでしょう。「ベルヌーイの定理」てやつです。実際はややこしい計算式が出てきて軽い頭痛を起こすので、文字でもって簡単に説明します。

「流体の流速が上がると、圧力が下がる」


ということです。「そう言われても直感的には分からんわ」という方々のために、ハンドポンプを通って提供されるエールの状態で、具体的なイメージをつかんでみましょう。
以前説明したように、ハンドポンプは井戸の原理でエールを樽から吸い上げます。チューブラインを通ってポンプアップされたエールは、チューブの内径よりも細いスワンネックを通過します。ここで、チューブ5cm分のエールの量を想像してください。このエールがスワンネックを通る際には、当然見た目の長さは5cmより長くなります(便宜的に6cmと仮定しましょう)。でも、あとからあとから吸い出されてくるエールの流速は変わりません。つまり、スワンネックを通るときには長い距離を同じ時間で通過しなければならない訳です。つまりエールの流速が上がるのです。ということは、スワンネックの中を通るエールは、一時的に低圧状態に置かれるわけです。

はい、圧力が下がった分だけ二酸化炭素が液体から放出されますね。放出された二酸化炭素は液体の中を通り、その間にホップオイルを始めとしたアロマ成分を遊離させながら、グラスの上部にあがってきます。その結果、固くてタイトなヘッドを形成するのです。それと同時に、液体中の二酸化炭素濃度が下がるので、飲み心地もスムーズになります。また、香り成分も感知しやすくなります。

ここまで説明すると、必ず「じゃあ、絶対オレはスワンネックだな」と一人合点する方がおられます。でもちょっと待ってください。コトはそうそう簡単なものではありませぬ。いみじくもジョージ・オーウェルが言ったように(彼は別にエールについて言ったわけではありませんが)、ゆるいヘッドも、固いヘッドも、スパークラーもスワンネックも、すべては嗜好の問題なわけです。嗜好とは後天的なものですから、自分の育った環境に多く依存するわけで、南部で育った人なら、ゆるいヘッドを好む人が多いでしょうし、北部ならヨークシャーヘッドでしょう。ちなみに私は最初にエールを飲み倒したのがボーンマスなので、当然ゆるいヘッドを好みます。最初は硬い印象のエールが、グラスの中で徐々に開いていくのを楽しめるというのもありますし。
加えて醸造担当者が、どのように提供されるかを企図してそのエールを造ったのかということも考慮する必要があります。そういった造り手の意図や地域性といったものを無視して、例えばすべてのエールをスワンネックで提供しているようなパブがあれば、それは単にマネジメントの欠陥と見るべきでしょう。さらに、ある客がスパークラーを用いて注いで欲しいと言っているところを、「いいえ、ウチはやりませんので」と拒否するようなパブも一緒です。そんなパブのたわごとに付き合わされそうになった時には、みなさんは勇気を持ってそのパブから出ていき、毅然と拒否の意思表示をしてください(その地域にパブが一軒しかないときは悲劇ですけどね)。

では今日はここまで。次回のネタは…。考えときます。

theme : Restaurant
genre : Gourmet

Profile

olubayo

Author:olubayo
日本唯一の英国リアルエールエージェント兼セラーマン。大阪外国語大学卒業後、某大手新聞社を早期退職。翻訳をしながら某料理雑誌記者という二足のワラジ時代を経て、一念発起してシチリアの超自然派ワイナリーで修業。ワイナリー設立の資金集めのため、もう一つの偉大な醸造酒文化である英国の「カスクコンディションリアルエール」を日本に紹介する仕事に奮闘中~
お店でリアルエールを提供したい方、一度飲んでみたい方、業態開発をお考えの方、みなさん大歓迎です。どこへでも説明に伺いますよ!

Latest Entries
Latest Comments
Latest Trackbacks
Monthly Archive
Category
FC2 Counter